
近年、デジタル技術の進展に伴い、企業を標的としたサイバー攻撃が増加しています。日本国内でも、機密情報や顧客データを狙った攻撃が相次いでおり、企業は自社の情報資産を守るためのセキュリティ対策が欠かせません。同時に、限られたリソースの中で、いかに費用対効果を高めるかも重要な課題です。
しかし、セキュリティ対策にはさまざまな費用が発生するため、具体的なコストや投資効果を明確にするのは容易ではありません。
本記事では、セキュリティ対策にかかる主な費用の内訳、企業規模別・業界別の平均的な予算の目安、費用対効果の算出方法、そして効果を最大化するポイントについて詳しく解説します。
セキュリティ対策にかかる主な費用
企業がセキュリティ対策を講じる際に発生する費用は、大きく初期導入コスト、運用コスト、そしてインシデント対応費用の3つに分類されます。それぞれの費用項目について詳細に見ていきましょう。
初期導入コスト
企業のネットワークを安全に保つためには、ファイアウォール、アンチウイルスソフト、IDS/IPS(侵入検知・防御システム)などの導入が欠かせません。これらのシステムは導入費用だけでなく、ライセンス料や運用コストも発生するため、事前に総コストを見積もることが重要です。
たとえば、UTM(統合脅威管理)を導入すれば、複数のセキュリティ機能を統合的に管理し、全体の防御を一元化しやすくなります。特に中小企業では、個別にセキュリティ製品を導入するよりもコストパフォーマンスが高くなる場合があります。
導入費用はシステムの規模や機能によって異なります。
中小企業向けのUTMは数万円~数百万円、大企業向けのシステムでは数百万円~数千万円かかるケースもあります。また、導入後は適切なインストールと設定が必要です。なかでもファイアウォールの設定やアクセス制御ルールの構築は、ネットワークの安全性を左右するため慎重な対応が求められます。設定ミスによる不正アクセスのリスクを防ぐため、専門知識を持つ担当者が対応することが重要です。
社内に専門人材がいない場合は、外部のセキュリティベンダーに設定を委託することが一般的です。設定費用の相場は30万円〜100万円程度ですが、大規模なネットワークや高度なセキュリティ対策を導入する場合は、さらに高額になる可能性があります。
運用コスト
セキュリティ対策は、導入して終わりではありません。サイバー攻撃の手法は日々進化しており、定期的な監視やアップデートを怠ると、最新の脅威に対応できなくなるリスクがあります。そのため、以下のような運用コストが発生します。
まずは継続的な監視・メンテナンス費用です。
企業によっては、SOC(Security Operations Center)を設置し、24時間体制でネットワークを監視する場合もあります。しかし、SOCを独自に運用するには多額のコストがかかるため、多くの企業は外部のSOCサービスを利用しています。
外部SOCサービスの費用は、月額20万円〜50万円程度が一般的ですが、監視対象の範囲や対応レベル(リアルタイム対応の有無など)によって変動します。高度なAI分析や脅威インテリジェンスを活用するサービスは、より高額になる傾向があります。
次に社内セキュリティ研修の実施費用です。
サイバー攻撃の多くは、技術的な脆弱性だけでなく「人的ミス」を狙ったものです。なかでも、フィッシング詐欺や不正アクセスの多くは従業員の判断ミスが原因となるため、社内のセキュリティ意識向上が不可欠です。
研修にかかる費用は年間数十万円程度ですが、セキュリティ意識の向上により、インシデント発生率を下げられる効果が期待できます。
インシデント対応費用
サイバー攻撃や情報漏洩が発生した際には、迅速な被害の特定と最小化、システムの復旧、再発防止策の策定が求められます。この際に発生する費用には、被害調査・復旧費用、法的対応費用、信用回復コストなどが含まれます。
被害が発生した場合、侵入経路や被害範囲の特定、影響を受けたシステムの復旧、データの復元作業が必要になります。多くの企業では、外部のセキュリティ専門企業にフォレンジック調査を依頼します。
費用は企業の規模やシステムの複雑さ、被害の深刻度によって異なりますが、中小企業の場合、1件あたり100万円~500万円程度が一般的です。ランサムウェア攻撃を受けた場合、データ復旧の難易度や身代金支払いの有無によって、さらに高額になる可能性があります。
顧客情報の流出やシステム障害が発生すると、法的対応や企業イメージの回復にもコストがかかります。個人情報保護法に基づく報告義務や関係当局への対応、顧客への通知・謝罪、弁護士費用、広報活動費、必要に応じた謝罪広告の掲載費などが発生します。
これらの対応を適切に行わないと、企業の信用が大きく損なわれる可能性があるため、法務・広報部門と連携して早急に対策を講じることが重要です。
企業規模別の平均的なセキュリティ対策費用
情報資産を守るために投資するセキュリティ対策費用は、企業の規模や業界によって大きく異なります。一般的に、年間IT予算の10~25%程度がセキュリティ対策に充てられる傾向にあります。ここでは、企業規模別・業界別のセキュリティ費用の目安と、費用対効果を高めるポイントを解説します。
大企業
大企業は、多くの拠点や従業員を抱え、膨大なデータや広範なITインフラを管理するため、サイバー攻撃の標的になりやすく、セキュリティ投資額も高額になる傾向があります。特にグローバル企業では、売上高の3~5%をサイバーセキュリティ対策に充てるケースも少なくありません。
売上高1,000億円の企業であれば、30億円から50億円をセキュリティ対策費として計上する計算になります。主な投資先として、SOC(セキュリティ監視センター)の運営、AIを活用した高度なセキュリティシステムの導入、従業員向けのセキュリティ教育プログラム、定期的なペネトレーションテスト(侵入テスト)の実施などが挙げられます。
企業規模が大きくなるほどサイバーリスクも増大するため、セキュリティ対策の継続的な強化が不可欠です。
中小企業
中小企業は、大企業ほどの予算を確保するのが難しいものの、サイバー攻撃のリスクは企業規模に関係なく存在します。セキュリティ体制が不十分な企業は攻撃者に狙われやすく、一度被害を受けると業務継続が困難になるケースもあります。そのため、限られたリソースの中で効率的なセキュリティ対策を講じることが重要です。
一般的に、IT予算の10~15%をセキュリティ対策費に充てるのが望ましいとされています。年間IT予算が3,000万円の企業であれば、300万円~450万円が適正な投資額の目安です。クラウド型のセキュリティサービスの活用や、従業員向けのセキュリティ教育、基本的な防御策(ファイアウォールやウイルス対策ソフトの導入など)を徹底することが、費用対効果の高い対策となります。
業界別
業界ごとに求められるセキュリティレベルには差があります。特に金融・IT業界では、顧客の個人情報や取引データなど機密性の高い情報を扱うため、他業界よりもセキュリティ投資額が高い傾向にあります。
株式会社サイバーセキュリティクラウドの調査によると、年間100万円以上のセキュリティ予算を確保している企業の割合は、情報サービス業で31.6%、金融業・保険業で26.3%、建設業で21.1%となっています。このデータから、特定の業界では一定の投資が行われているものの、業界全体で見れば十分とは言えず、多くの企業でセキュリティ対策の強化が求められる状況であることが分かります。
今後は、法規制の強化やサイバー攻撃の高度化に対応するため、業界を問わずセキュリティ対策の強化が不可欠となるでしょう。
セキュリティ対策の費用対効果を算出する手順
企業がセキュリティ対策に投じる費用の効果を正しく評価するには、費用対効果(ROI:Return on Investment)の算出が欠かせません。ROIを分析することで、限られた予算の中で、どの施策が長期的に見て最も有効かを判断する材料となります。
以下では、具体例を交えながら、費用対効果の算出手順を解説します。
1. セキュリティ対策によるリスク削減効果を数値化する
まず、セキュリティ対策によって削減可能なリスクを定量的に評価します。
ここでの「リスク」とは、サイバー攻撃や情報漏洩による経済的損失を指します。
ある企業が顧客データを2万件管理しており、情報漏洩が発生した場合、1件あたりの対応コスト(罰則金、顧客対応費用、信用低下による売上減少など)を2万円と想定します。この場合、漏洩時の損害額は次のように計算されます。
- 2万件 × 2万円 = 4億円
さらに、業界の統計データを基に、同規模の企業が年間5%の確率で情報漏洩を経験しているとします。この場合、想定される年間損害額は次のようになります。
- 4億円 × 5% = 2,000万円
2. 導入コストと運用コストの算出
次に、セキュリティ対策にかかる初期導入費用と年間運用費用を計算します。
この企業がUTM(統合脅威管理)とEDR(Endpoint Detection and Response)を導入する場合の費用を想定します。
- UTMの導入費用(初期): 300万円
- UTMの運用費用(年間): 100万円
- EDRの導入費用(初期): 500万円
- EDRの運用費用(年間): 150万円
これらを合計すると、初年度の総コストは以下の通りです。
- 初年度の総コスト = 300万円 + 100万円 + 500万円 + 150万円 = 1,050万円
2年目以降は初期導入費用が不要になるため、年間の運用コストは以下のようになります。
- 年間運用コスト = 100万円 + 150万円 = 250万円
3. 投資によるリスク削減効果の予測
次に、導入予定のセキュリティ対策が、リスクをどの程度削減できるかを予測します。
たとえば、UTMとEDRの導入により情報漏洩リスクが50%低減すると見積もります。
- 2,000万円 × 50% = 1,000万円
この結果、年間1,000万円の損害を防げる可能性があります。
4. 費用対効果(ROI)の算出
最後に、以下の式を使ってROIを算出します。
- ROI(%) = (リスク削減額 − セキュリティ費用) ÷ セキュリティ費用 × 100
この数値を当てはめると、初年度のROIは次のようになります。
- ROI(初年度) = (1,000万円 − 1,050万円) ÷ 1,050万円 × 100
- = (−50万円) ÷ 1,050万円 × 100
- = −4.76%
初年度は初期導入費用がかかるため、ROIはマイナスになります。しかし、2年目以降は導入費用が不要になり、年間の運用コスト250万円に対して1,000万円のリスク削減効果が得られるため、2年目以降のROIは次のように計算されます。
- ROI(2年目以降) = (1,000万円 − 250万円) ÷ 250万円 × 100
- = 750万円 ÷ 250万円 × 100
- = 300%
この結果から、初年度は投資回収に時間がかかるものの、2年目以降は高い費用対効果が期待できることが分かります。セキュリティ対策のROIを事前に試算することで、経営判断の一助とすることが可能です。
費用対効果の高いセキュリティ対策5選
限られた予算の中で最大限のセキュリティ効果を得るには、費用対効果に優れた対策を選ぶことが重要です。ここでは、比較的低コストで高い効果を発揮するセキュリティ対策を5つ紹介します。
1. アクセス制限の徹底
社内外のネットワークやシステムにアクセスできるユーザーを必要最小限に抑えれば、不正アクセスや情報漏洩のリスクを大幅に低減できます。役職や業務内容に応じたアクセス権限を適切に設定することが重要です。
この対策は、低コストで導入しやすく、既存のシステムでも実施可能なため、費用対効果に優れています。
2. 従業員教育の強化
サイバー攻撃の多くは、フィッシング詐欺や誤操作など、人的ミスが原因で発生します。そのため、技術的な対策だけでなく、従業員のセキュリティ意識を高める教育が不可欠です。
定期的なセキュリティ研修や模擬フィッシングテストを実施することで、従業員の対応力が向上し、攻撃の成功率を大幅に低下させられます。比較的低コストで導入できる点もメリットです。
3. 定期的なバックアップの実施
ランサムウェア攻撃やシステム障害に備え、重要なデータを定期的にバックアップすることは、被害を最小限に抑えるために不可欠です。バックアップデータをオフライン環境にも保存すれば、攻撃を受けた際のデータ喪失リスクを軽減できます。
クラウド型のバックアップサービスを活用すれば、低コストで導入でき、運用負担も軽減できるため、中小企業にも適した対策といえます。
4. EDR(Endpoint Detection and Response)の導入
EDRは、PCやサーバーなどのエンドポイントの挙動をリアルタイムで監視し、異常を検知・対応するシステムです。従来のアンチウイルスソフトでは防ぎきれない未知のマルウェアや標的型攻撃にも有効です。
初期導入コストはかかるものの、インシデントの発生を防ぎ、被害拡大を抑えられるため、長期的に見て費用対効果の高い施策といえます。
5. UTM(統合脅威管理)の導入
UTMは、ファイアウォール、IPS/IDS(侵入検知・防御システム)、アンチウイルス、Webフィルタリングなど、複数のセキュリティ機能を一元管理できるシステムです。個別にセキュリティツールを導入するよりもコストを抑えられる点が大きなメリットです。
特に中小企業では、IT担当者のリソースが限られているケースが多いため、一括管理できるUTMは運用負担の軽減にもつながります。
セキュリティ対策の費用対効果を最大化するポイント
サイバーセキュリティへの投資は、高価なソリューションを導入すれば効果が出るものではありません。効果的なセキュリティ対策を実現するには、戦略的にリソースを配分し、必要な対策を適切なタイミングで実施することが重要です。ここでは、費用対効果を最大化するための5つのポイントを紹介します。
1. リスクの洗い出しと優先順位付け
セキュリティ対策を効率的に進めるには、まず社内の情報資産に潜むリスクを特定し、それぞれの深刻度と発生確率を評価しなければいけません。
すべてのリスクに対策を講じるのではなく、影響が大きいものから優先的に対応することで、より効果的なセキュリティ対策が可能になります。リスクアセスメントツールを活用すれば、客観的かつ効率的にリスクを把握できます。
2. 段階的な予算配分
サイバーセキュリティ対策を一度にすべて導入すると、コスト負担が大きくなり、ROIが低下する可能性があります。そのため、リスクの優先順位に基づき、段階的に予算を配分することが重要です。
たとえば、まずは基本的なセキュリティ対策(ファイアウォール、アクセス制御、従業員教育など)を導入し、その後、高度な検知システム(EDRなど)を追加するといった方法が効果的です。3~5年の中長期計画を策定すれば、投資効率を高められます。
3. SaaS型セキュリティソリューションの活用
クラウド技術の進展により、SaaS型のセキュリティソリューションが急速に普及しています。これにより、初期導入費用を抑えつつ、必要な機能を柔軟に追加できます。
また、SaaS型のソリューションは自動で最新の脅威に対応するアップデートが適用されるため、運用負荷が軽減される点もメリットです。中小企業にとっては、オンプレミス型よりもコストパフォーマンスに優れた選択肢となります。
4. 定期的なセキュリティ評価
セキュリティ環境は時間とともに変化するため、一度導入した対策が長期間有効とは限りません。新たな脆弱性や攻撃手法に対応するため、定期的なセキュリティ評価が不可欠です。
脆弱性診断やペネトレーションテストを定期的に実施すれば、システムの弱点を早期に特定し、必要に応じて対策を強化できます。特に、外部の専門機関による監査を活用すれば、より客観的な評価が可能です。
5. 長期的な視点でのセキュリティ戦略
セキュリティ投資は短期的なROIだけでなく、中長期的な視点で評価することが重要です。
また、セキュリティはIT部門だけの課題ではなく、経営層の関与も不可欠です。新規システムの開発時点からセキュリティ要件を組み込むことで、後付けの対策コストを削減し、強固な防御体制を構築できます。
セキュリティ対策の費用対効果に関するよくある質問
最後にセキュリティ対策の費用対効果でよくある質問に回答します。
1. セキュリティ対策の主な効果は?
サイバー攻撃や情報漏洩のリスクを低減し、業務の安定性や顧客からの信頼維持につながります。
2. セキュリティ対策の費用対効果はどのように計算する?
「(リスク削減額 − セキュリティ費用)÷ セキュリティ費用 × 100」で算出できます。定量的なデータをもとに評価しましょう。
3. 企業はどの程度のセキュリティ予算を確保すべきか?
大企業は売上の3~5%、中小企業はIT予算の10~15%を目安にするのが一般的です。業界特性に応じて適宜調整しましょう。
4. 費用対効果の高いセキュリティ対策とは?
EDR、UTM、定期バックアップ、アクセス制限の徹底、従業員教育など、比較的低コストで高い効果が期待できる対策です。
5. 中小企業はセキュリティ対策にどの程度の予算を割くべきか?
IT予算の10~15%を目安に計画しましょう。クラウド型のセキュリティサービスを活用すると、コストを抑えながら強固な対策を実施できます。
6. 効果的なセキュリティ投資を行うポイントは?
リスクの優先順位付け、段階的な予算配分、SaaS型ツールの活用、定期的な評価、長期的な戦略策定が重要です。
7. セキュリティ投資の成果はどのように評価する?
インシデント発生件数の減少、損害額の削減、システム停止時間の短縮など、定量的なKPIを設定して評価しましょう。
まとめ
サイバー攻撃の脅威が拡大する中、企業にとってセキュリティ対策は不可欠です。しかし、予算には限りがあり、単に高額な対策を講じるだけでは十分な効果を得られません。
多くの企業では、ROIを意識せずにセキュリティ対策を実施しており、「コストがかかる割に成果が見えにくい」と感じるケースが少なくありません。その結果、適切な対策が後回しになり、リスクが高まるという課題があります。
費用対効果を高めるには、まずリスクの洗い出しを行い、影響度の高い領域から優先的に対策を講じることが重要です。次に、SaaS型のセキュリティツールを活用し、段階的に予算を配分することで、コストを抑えつつ効果を最大化できます。さらに、定期的な評価と改善を繰り返すことで、長期的にセキュリティレベルを維持できます。
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